情報リテラシー論 #4

 第三回目の講義は欠席してしまったので第四回目のレポートになります。

 第四回目の講義内容は「スマートフォンの普及と課題」だ。

 今ではスマートフォンの普及率は高く、昔のガラケーは見る方が珍しい。
ガラケーのガラは「ガラパゴス」のガラ。
つまり時代の流れにとり残された携帯であると暗に示されている。
もっとも確かに今時ガラケーを使うメリットも思いつかず、そう言われても仕方ないのかもしれない。

 講義の中で気になったのは「スマートフォンで車離れ・たばこ離れ」というものだ。
スマートフォンの操作に忙しく暇を持て余すことがなくなり、結果としてたばこや車などから若者が離れていくという理論だ。
多少屁理屈にも聞こえるが意外と納得できる部分も有る。
それだけ話題になるほどスマフォの登場は人々の暮らしに影響を与えていると言える。


 デザイン系として興味を引いたのは「iphoneを作ったアップル社のホームページがスマフォ対応しなかった」理由だ。
指操作によって拡大する操作性のミソを潰さないようにわざと対応しなかった辺りが、さすがiphoneの生みの親であると言える。
上辺のニーズに端から対応するのでなく、もっと根底にある感性の蓋を揺さぶられた気分になる。

 持論になるが、やはりスティーブジョブズのいなくなったアップルはつまらなくなったと感じる。
先日発売された新しいMacBookなどは正直失望した。ネーミングだけで売ろうとする気しか感じられなかった。
iphoneのデザインもここから遷移するだろうが、この流れのまま行くと正直不安になる。


 スマフォの持ち手の話題は人体工学のようで興味深かった。
多くの人は右手でスマフォを持ち、親指で下からタップする。
となると右利きの人が左手で持っていると、それはもう一時も手放せなくなってしまった証拠でもある。
嬉しいことに私は右利きだが左手で操作するのが苦手なので依存ではない。
。。。依存ではない。

 自分で言ってて悲しくなるので言うが、私はスマフォ依存だ。
おそらくこのレポートを読んでいるあなたもスマフォ依存である。
そもそもこんな便利なものを活用しないのならもったいないの一言を送りたい。

 ただ依存の仕方は人によって違う。
私はいわゆるスマフォゲーの類はしない。スマフォにゲームで依存しているのではなく、ネットで依存している。
資料を気軽に検索できるし、画像や動画も気軽に手に入れられる。
言わば小さなパソコンを使うような使い方で依存している。
別にこれが良い依存だと言うつもりはないけれど、どうせ依存してしまうなら徹底的に使いこなしてやろうと思った時にどう使うかが大切だと思う。

 最近ではAIも発達しスマフォと会話することも可能だ。
どのように使いこなすか、スマフォに使いこなされてしまわないように気をつけなければならない。


長岡造形大学 2015年10月20日
講師・横田秀珠
http://yokotashurin.com

この記事へのコメント